シニア第二の人生

1. 先人に学ぶ

第二の人生の素晴らしいモデルに「伊能忠敬」がいます。

 

一昨年のゴールデンウイークに千葉県の水郷「佐原市」を訪ねました。東京で下宿している

子供たちは忙しく、妻と二人で古い街路を散策するのが目的でした。

保存された通りを往復すると、中程に「伊能忠敬記念館」がありましたので、何気なく入りました。

順路に沿って、資料を読んで驚きました。僕が知っている伊能忠敬は、江戸時代に、日本国中を測量してまわり、初めて実測による日本地図を完成させた人物ということでした。

何に驚いたかというと、日本地図を完成させた功績は、彼の第二の人生での出来事だったことです。

伊能忠敬は、千葉県九十九里町に生まれ、18歳の時に、酒造家(伊能家)の婿養子になります。彼が伊能家に来た時、家業は危機的な状態でした。彼は倹約を徹底し、本業以外に薪問屋を設けたり、米穀取引の仲買をして10年で経営を立て直しました。

また、38歳の時に、「天明の大飢饉」が起こりますが、彼は私財をなげうって地域住民の救済に尽力しました。その功績が、幕府の知るところとなり、苗字・帯刀を許されました。

江戸時代の平均寿命は45歳程度と推定されていますが、伊能忠敬の第二の人生は50歳から始まります。

50歳を迎えた伊能忠敬は、家業(醸造業、薪問屋等)を全て長男に譲り、幼いころから興味を持っていた天文学を学ぶために江戸に出ます。

彼は、当時の天文学の第一人者「高橋至時(よしとき)」の門下生となります。高橋至時は当時32歳、伊能忠敬は既に51歳。高齢の門下生は、極めて異例のことでした。

天文学を学んだ忠敬が、なぜ日本地図を完成させることになったのでしょうか? 実は、

測量には天文測量という方法があり、経度や緯度を図るのに用いられます。

伊能忠敬は、天文学を学ぶうちに、「北極星の高さを二つの地点で観測し、見上げる角度を比較することで緯度の差が判り、2地点の距離が判れば地球は球体なので外周が割り出せる」と考え、それを実践したのです。

最初の測量の旅は、55歳の時です。東北・北海道の測量の旅を幕府に願い出て、許可をもらい、自費で行いました。当時、自由な旅は許されない時代で、お伊勢参りが唯一庶民に

許された旅行でした。

59歳で、測量の結果を「日本東半部沿海地図」に表し、幕府に献上します。幕府は、そのあまりの精緻さと完成度の高さに驚き、日本地図作成を国家事業に定めました。そして、九州や四国を含む西日本の地図を作るよう幕府から正式に命令が下りました。

こうして60歳で再び江戸を出発し、71歳まで精力的に測量を行います。彼が歩いた距離は4万キロに達し、地球を一周した距離になるそうです。

伊能忠敬は73歳で亡くなりますが、彼の仕事は門下生に引き継がれ、死後3年目に「大日本沿海輿地(よち)全図(大図214枚・中図8枚・小図3枚)」及び「大日本沿海実測録(14巻)」が完成することになります。

写真①伊能忠敬 銅像

伊能忠敬 銅像

写真②伊能忠敬 日本地図

伊能忠敬 地図

 

彼は第二の人生を最も興味があること、好きなことに捧げました。それは、社会にも多大な恩恵をもたらしました。

 

2. 好きなこと、出来ること

伊能忠敬の場合、第一の人生で成功して蓄えが残せたので、第二の人生では好きなことができたとも言えます。

第二の人生を考える場合、生計を立てるという発想だと、出来ること優先となるかもしれません。

そうであったとしても、可能な限り、好きなことを第二の人生の目標にしたいですね。

一度しかない人生です。悔いは残さず、伊能忠敬のように精一杯生きたいと思います。

 

3.「人生の棚卸」をしてみよう

第二の人生に迷いのある場合は、「人生の棚卸」という作業を行うと、ヒントが見えてきます。

棚卸は、事実の棚卸と感情の棚卸という二つの側面から行います。

生きてきた年代順に、誕生から幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、20代、30代、40代、50代と順番に振り返ります。

1) 事実の棚卸

事実での振り返り項目は、①何を学んだか? ②どんな仕事をしてきたか? ③各年代で出会った人は? 尊敬できる人がいたか? ④自分はどのような役割を果たしてきたか? ⑤自分の趣味とその変遷は?

2)感情の棚卸

感情での振り返り項目は、①楽しかったことは? その理由は? ②感動したことは? その理由は? ③苦労したことは? つらかったことは? その理由は? ④自分はどのような役割の時に、楽しかったか? つらかったか? その理由は?

棚卸は時間をかけて、じっくり取り組みましょう。

 

4.自分を知る

自己分析の方法に、「ジョハリの窓」があります。

「ジョハリの窓」とは、自分が知っている自分、他人が知っている自分を4つの窓(カテゴリー)に分類して、より客観的に自己を理解しようとするもので、より深い自己分析が可能になります。

4つの窓は、

「開放の窓」 自分も他人も知っている自己

「盲点の窓」 自分は気がついていないが、他人は知っている自己

「秘密の窓」 自分は知っているが、他人は気づいていない自己

「未知の窓」 誰からもまだ知られていない自己

写真③:ジョハリの窓

ジョハリ 窓

「ジョハリの窓とは」

1955年夏にアメリカで開催された「グループ成長のためのラボラトリートレーニング」席上で、サンフランシスコ州立大学の心理学者ジョセフ・ルフト (Joseph Luft) とハリー・インガム (Harry Ingham) が発表した「対人関係における気づきのグラフモデル」のことを後に「ジョハリの窓」と呼ぶようになりました。 ジョハリ (Johari) は提案した2人の名前を組み合わせたもので、ジョハリという人物がいる訳ではありません。

興味深いのは、4つ目の「未知の窓」です。人には隠れた能力がまだまだあるということです。大人になると、自分で自分の可能性を制限しがちですが、僕はこの点で目を開かれた思いがしました。

 

5.海外滞在の活用

あなたに今まで説明してきた「人生の棚卸」と「自己分析」は、いつでもどこでもできます。

日常生活から離れて、全く違う環境に身をおき、ゆったりした時間に浸って、例えば滞在型海外旅行をしながら、「人生の棚卸」・「自己分析」をしてみることも一案です。

長期の滞在型海外旅行(ロングステイ)をすると、文化の違いといった大きな視点と、今までの人生や暮らしを振り返る個人としての視点とを同時に持つことができ、思いがけない新しい気づきのチャンスがより多く訪れます。

アジアであれば、滞在国や暮らしぶりによりますが、月15万円もあれば、生活できます。人生の気分転換にはうってつけかもしれません。

日本人に一番人気の長期滞在先はマレーシアです。

2014年4月に僕がマレーシアに短期滞在して感じたマレーシア一番人気の理由は、

・イギリスの統治が長かったので、英語がマレー語に入り込んでいて、かつマレー語の表記はアルファベットである。英語が比較的通じる。

・日本と同じ右ハンドル運転である。(イギリス植民地であった背景で)

・食事が中華風で日本人に合う。

・安全で、親日的だと感じる

・海と高原(山)の双方があり、地形に変化がある。高原はイギリス人が避暑地として開拓した などです。

あなたに、長期滞在や海外移住をいきなりお勧めするつもりはありません。特に海外移住には慎重な判断が必要です。

例えば、あなたの予算や時間に合わせた2週間程度の日程を組むことができます。

年をとるにつれ、健康が最重要課題となります。病気になった時に、安心して暮らせるのは、やはり日本です。海外長期滞在を楽しんでいる方々でも、病気になったら帰国される方が多いのが現実です。

 

6.最後に

日本人の2012年の平均寿命は、女性が86歳、男性が79歳となり、伊能忠敬の時代と比べると、平均寿命は2倍近く伸びたことになります。

高齢化社会の弊害(認知症、介護など)が社会的に大きな課題になっています。ただ長らえるだけの第二の人生ではなく、心と体が若返るような日々を送りたいと思います。

たいていの人は、出来る事をやろうとしますが、第二の人生では、好きなことや興味のあることを優先しましょう。好きなことは熱心に行うので、自然と出来るようになると思います。

第二の人生を選択するにあたり、最も大切なことは、自分自身で何を選ぶかに尽きます。

第二の人生だからこそ、自己実現や夢へのチャレンジが可能なのです。

 

起業することに興味のある方は、「天職デザイナー」三宅哲之氏の著書『絶対成功、好きなことで起業できる』(2014年1月、明日香出版社から出版)をお勧めします。

 

 

 

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